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 のえるのオマージュでおまっ♪ 
・第9回:『リクルートスーツ』

 ファッションとデザインを謳いながらファッション関連の記事を書く事なく二年半が経過、総合ポータルとしてアクセス関連の記事しか扱って来ませんでしたが、今回はちょっとだけお話させて頂きます^^


 時期外れではありますが、春先の就職シーズン、毎年見るのが新卒者の真新しいスーツ姿です。これから社会人として頑張って行く若者を街で目にすると晴れ晴れした気分になります。

 しかし、同時に奇妙な印象を受けるのも又、事実です。
 男性のスーツ姿は、日常の光景である為、それ程、違和感はありませんが、女性のスーツ姿、特に春の就職シーズンのスーツ姿は異様な光景です。

 冠婚葬祭にも着回しが利く様に、と黒いスーツをチョイスする。清楚なイメージと清潔感は疑いようもないのですが、これが集団で、何処であっても見受けると、
奇妙、と云えます。

 日本の慣例、ですから何ともならない事ですが、しかし、違和感は残ります。
 学生時代から制服に慣れ親しむ日本の習慣ではありますが、就職、つまり、社会人になってもそれが強要されるのです。しかも、これは
強制されるのではなく、自ら進んでチョイスするのが常です。

 一昔前ぐらいから、何かと“
個性”を主張する時代になって来ました。ですが、現実的には個性を発揮出来る人は数少なく、多くの場合、個性ではなく、自己権利のみを主張する、と云った履き違いがあるようです。個性権利は、全く別ものです。
 実の処、特に日本人は、
個性を追い求めながらも没個性を潜在意識下に持つ場合が多いようです。
 
流行、ファッションに限らず、流行は何にでもあります。その流行を追い求めれば求める程、個性は埋没します。何故なら、流行っているものを身に纏えば纏う程に、同じような恰好になる訳ですから、当然と云えます。
 遅れを取りたくない、或いは、変にみられたくない。この一心が、実は没個性を求める人間の動機です。流行は追うものではなく、発信するものであり、それが個性を明らかにします。つまり、一口に流行、と云っても発信者側は個性を、受信者側は没個性を、潜在意識下で持っている事を意味しています。

 毎年、発表される“
今年の流行色”と云うものは、流行している訳でも、流行するであろう予想でもなく、デザイナー達、即ち、発信者による「流行させたいもの」なのです。
 流行させたい色、を決定し、それに応じてデザインしておけば、クリエイター側は予め、それに則って制作する事ができ、受信側、つまり、アンテナを張り巡らせた流行に敏感なエンドユーザーがこれに飛びつく訳ですから、採算性が高い訳です。
 多くの場合、この商業的な採算性を主とした発信者側によって流行は創られる訳であり、実の処、デザインの創造よりも情報の創造こそが、
流行、の原点なのです。
 そして、この流行と云うものが、没個性を意識下で望む多くの人々によって支えられ、商業的な成功に結び付き、時が経って振り返って見ると、結果的に「
流行」として認知される事になる訳です。

 例として挙げますと、原宿、と云う街が適しています。
 極一般的に、個性的なファッションを身に纏う人々が多く集う街であり、確かに情報の発信源としても、個性の有無に対しても強い特色を持ってもいます。
 しかし、これは逆に原宿風や原宿っぽさを内包している事を意味しており、それっぽい服装を一つのジャンル、或いはカテゴライズする事が出来ます。
 原宿系、と十把一絡げにするのは、大変、大雑把で失礼な云い方ではありますが、多くの場合、そう称して十分な「
個性的と云う没個性」の中に埋没しているのです。

 例えば、美大生、もその一つでしょうか?
 全てとは云いませんが、多くの場合、美大生っぽいな〜、と思える美大生が大半です。
 個性を養う場で勉強に励む学生であるにも関わらず、何故か似た雰囲気のファッションやメイク、ヘアに成りがちです。
 これは一重に、大元においてマイノリティを選択したのにも関わらず、その一つの小さなコミュニティにおいてはマジョリティを欲する、と云う
没個性を無意識に選択してしまう本質、なのかも知れません。

 これは元々、人間が社会を形成する動物である本能的なものなので、実際の処、何の弊害もありません。連帯性や集団意識、協調性は、これによって成り立っている訳ですから、実の処、
無害、な訳です。
 サッカー日本代表を応援する際、侍ブルーを身に纏って臨むのは、その顕著な例なのです。

 ギャルがギャル服をチョイスするのは、ファッションへの関心度の高さは勿論ですが、その本質的な処は、マイノリティを選択した後のマジョリティ、と云う一つのカテゴリを選択した上での多数派を願う意志であり、それは“
個性”とは無縁と云えます。
 それはヤンキー風ファッションでもセレブ風ファッションでも共通しており、
〜風、と云ったファッションの多くがコミュニティへの関心、或いは従属から成立している事を表し、これは“個性”ではないのです。


 日本では、ファッションは自由です。正確には、自由な筈、です。
 ファッションがコミュニティを形成し、それに縛られるようでは、それは実に不自由です。本当のファッションへの関心度は、そのコミュニティへの意識を超えた処にある自由性にこそあります。そして、それが本当の“
個性”に繋がる一つの意志表示にも繋がるファッションなのです。

 
センスがいい、と云う言葉を良く耳にします。それは何処から来る言葉なのでしょうか?その本質は何なのでしょう?
 
センス、については、又、別の機会に書きますが、もし、同じ恰好をしなければならない、と云ったルールが下された時、貴方は本当にファッション性を意識する事が出来るでしょうか?限定された時、個性を主張するファッションとしてのアクセントを見出せるでしょうか?

 ファッションは、大胆でもあり、又、細やかな気遣いでもあります。是非、今以上に関心を持ってみて下さい。

 春先の就職シーズンに新しいリクルートスーツに身を包んだ新社会人の姿の中に、各々の個性を僅かながらにでも表から見受ける事が出来る日が来れば、日本のファッション界は明るいもの、となる筈です。
 是非、皆様も日常の中に、ファッションを見て感じ取ってみて下さい。ファッション誌だけが情報ではないのですから。

 それでは、また、次回^^

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