| ・第5回:『プロとアマ』 |
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皆さンは今年のボージョレ・ヌーヴォーは召し上がりましたか?今年は例年になく、最高の出来らしいですよ〜…と、毎年聞いている様な気がするのですがデジャヴでしょうか??たっぷりと飲み干しましたが、いつも通り若〜いだけ!イベント物ですから味は二の次ですが、何故か日本ではこの時期にだけワインを“語る”人間が増えますネ〜υかく云う私も、この味気ない若いワインに文句を垂れながら、何故か異常にジビエが欲しくなるのは、パブロフの犬とでも云いましょうか?…困ったものです^^;
さて、“語る”と云えば、よく聞かされるのは「趣味」と「仕事」の話でしょうか。私も例に漏れず、よく語ります。大いに、滔々と、悠然に、時に詩人の如く、時に大物気取りで、飽きる事なく雄弁を振るい、最終的には聞き流された上に一人ぼっち…ま、よくある光景です。 何故、人は“語る”時、「趣味」や「仕事」の話が多いのでしょうか?嗜好は人それぞれ、興味対象は様々あるのですが、“語る”内容の多くは皆一様に「趣味」と「仕事」が大半を占めます。何故しょう? それは「趣味」と「仕事」に共通する、ある“意図”を伝えたいからです。その“意図”とは、その人自身の【理想】を現しています。 若い時、人は「夢」を語ります。やがて成長し、現実を知ると、人は「夢」を語るのを止め、現実的な話をする様になります。想像の世界から現実へと目を向ける、大人の思考です。しかし、現実と想像には大きなギャップがあり、苦悩します。そのギャップを埋める為に人は【理想】を持ちます。より単純に云えば、こう在りたい、と思う気持ちでしょうか? 政情不安でもあれば、大いに【理想】そのものを語る事も出来るでしょう。ですが、極一般的にこの日本は豊かです。その環境の為か、或いは国民性故か、日本において日常的に【理想】を語る機会はまずなく、あったとしても多くは押し黙るのが専らでしょう。しかし、どの様な人にも自身の意志はあります。その意志を抑え続ければ鬱積が溜まり、イラつきます。であるからこそ、別な形で意志を主張するのですが、その多くは【理想】と云う直接的なものではなく、より間接的なものへと焦点をずらして主張する、即ち“語る”のです。それが「趣味」や「仕事」と云う内容に置き換えられ、極々自然な形で話されるものなのです。 「趣味」と「仕事」には【理想】と云う共通点があります。ですが、実際には「趣味」と「仕事」は全く正反対の現実的な側面があります。 乱暴な分け方をしますと、前者はお金を浪費するもの、後者はお金を獲得するもの、です。故に「趣味」と「仕事」は切っても切れない関係、と云えます。少なくとも「趣味」の方は単独では成り立たない事でしょう。 但し、個々人の感覚的なニュアンスにおいては明確な区分の無い場合も有り得ます。例えば、仕事が趣味の人もいる事でしょうし、趣味が仕事として成立している人もいるからです。 そこで、より分かり易い区分として登場するのが『プロフェッショナル』と『アマチュア』です。 以前、好きな仕事をしていて羨ましい、とよく云われました。イラストにデザイン、恐らくこう云った職種に就いている人間にはよく問い掛けられる内容だと思います。あまり身近では見られない職種にあるものに対し、趣味と仕事の明瞭な区分をせずにこう云った問い掛けがあるのだと思います。 他の方は兎も角、私の場合、絵描きとして仕事をしておりますが、絵を描く事は少なくとも趣味ではありません。仕事はやはり、仕事なんです。仕事にする前は趣味だった、と思います。又、仕事を辞めてしまえば、再び趣味となり得るかもしれません。好きな仕事ではありますが、であるからこそ辛い目にもあいます。 ここで私が思うのが『プロ』と『アマ』です。この差は何処にあるか、簡単に説明すると“責任”でしょうか?“責任”を負う事を考えなければ『プロ』とは云えません。 絵を趣味にしている知り合いがいます。描きたいものを描きたい時に描き、それを披露し、誰かにプレゼントしたり、運良く買って貰ったりして楽しんでいます。伸び伸びと楽しんでいます。これは一重に“責任”を負う必要がないからです。 かつて、年上のスタッフに問われた事があります。そのスタッフは漫画家を目指しておりましたが、その方からの問い掛けは、プロとはどう云う事か、と云う内容です。 その方の意見は、単行本を出す、事だそうです。私は、本気で答えるつもりはなく、〆切を守る、事と答えました。このような精神的な部分は、各々が持っていれば良い事なので大した問題ではありませんが、差異があるとすればそれは自己完結で有るか無しかでしょうか? 単行本を出す、のは自分ではなく出版社です。これは商業的価値があるかないかを意味しています。つまり、第三者の目によって成立するので一概に間違いとは云えません。ですが、これは仕事を継続した結果であり、自分一人の意図では何とも出来ません。自費出版するのであれば別ですが、同人と云う分野が普及している日本では、その全てが『プロ』とは云えません。 〆切を守る、のは契約上での事です。納期を守る、と云い換えれば分かり易いかと思います。〆切や納期を無視すれば、様々な場所に迷惑を掛けます。例えば、出版社や印刷所、編集にもスタッフにも迷惑をかけます。大物や芸術家は、時折これを無視しますが、これは我が儘です。より一般的な経済社会においては、契約は守るべきであり、又、守られるべきなのです。単行本は、作品を残したい、と思う気持ちからではなく、経営的な意味合いを含む手段、であり、それが経営、即ち仕事と云えます。発行部数は売上を意味し、人気の度合いを噛み締めるものではないのです。 勿論、人それぞれ考え方は違います。しかし、少なくとも市場経済の大原則は多かれ少なかれ、守られて成り立っているのです。リアルは話なので嫌らしいかも知れませんが、一般的な事なのです。 上記の私の考えは、あまりにも経済的な意見の為、正直、他人受けが悪いので、恰好付けでもう一つ、『プロ』と『アマ』の区分を説明しましょう。 『プロ』は所定の時間内にある一定の基準をクリア出来る者、『アマ』は基準を必要としない者、です。更に云えば、『プロ』は(第三者に)基準を求められる者、『アマ』は(自分で)基準を定める者、です。 実の処、『プロ』と『アマ』の仕上がり具合は、個々の実力にもよりますが、それ程の差異はありません。一番分かり易いのは、『プロ』は仕事が早いンです!同じ時間を費やせば、『プロ』と『アマ』の出来は歴然です。しかし、『アマ』でも時間を費やせば、『プロ』を超える仕上がりを望めます。ですが、〆切は待ってはくれないのです。残念な事です。 ある歌番組のゲストとして松山千春が出演した時、ジョークとして語った内容があります。 期待に応えられないのは二流・三流、期待に応えるのが一流、期待以上をもたらすのが超一流…松山千春は、故に自分は超一流だ、と語ってました。 これはある意味、真理です。出来の良さを判断する際に、単純な技術以外の要素として個々人の嗜好性が大きく影響する場合があります。ですが、期待、と云う漠然としたニュアンスは、嗜好性に影響されない精神的な要望であり、これを基準とすれば自ずとプロ意識は高まります。 プロ意識は、自身に責任を下す事、と理解し、持っていて損にはなりません。 理解出来ない者を排他的に拒否するより、理解させようと努力する、それがプロ意識と云えるでしょう。しかし、こと芸術、となると話が変わってきます。芸術については、又、別の機会にお話致しますね^-^ それにしても、私の職業、イラストレイターやデザイナーと云うのは、マイノリティであるが故に偏見を持たれ易い様です。以前には、現職に加え、アレンジャーもしておりましたから、確かに私の職業は、趣味の延長線上にある、事は否めないと云えます。 大分前の事になりますが、法事の席において、名前も顔も知らない親族が小さなお子さンを引き連れ、子供の為に絵を描いてくれ、と云って来ました。誰かしらに私が絵描きである事を聞いて来たのでしょうが、何とも云えない気持ちになりました。 キティちゃンが好き、との事で、私はお子さンの持っているキティグッズを見ながらサッと描き、大変、喜んで貰えました。それはそれで良いのですが、何とも軽んじられた事でしょうか? 私はスーパーリアリズムと云うジャンルの絵描きです。況してプロです。まさか、キティちゃンを自分のタッチであるスーパーリアリズムで描く訳には行きません。只の生々しい猫になってしまいますυ求められているのはキティちゃンであって、私の絵ではありません。自身の考えと立場、状況との整合性を図る為に意識を抑え、殊更に笑みを浮かべざるを得ません。結構、苦痛でした^^; もし、私が料理人や大工だとしたら、この様な類の要求はなかった筈です。まさか、法事の席で飯を作れ、だとか、棚を作れ、だとかは云われない筈です。この様な意識の差を理解しろ、と云うのは難しい事だとは思いますが、少しは人の事を理解する様、努めるべきではないか、とも思います。 絵描きをしていて良く云われるのが、絵上手いンだ〜?、と云う類の話です。正直、ムッとします。悪気がないのは分かっています。ですが、弁護士に、弁護出来るンだ〜?、とか、美容師に、髪切れるンだ〜?、って話しますか?何か解せない感じもしますが、ま〜、興味を持ってくれる事は本望ではありますネ。創作意欲、なンてものは、興味を持ってくれる事から始まる様なものですから^-^ 「趣味」と「仕事」、『プロ』と『アマ』、実際の処、生活をして行く上で環境的な状況の差でしかないのですが、個々の【理想】が内包されているが故に深いもの、と云えます。 私の様に、特異な職種にありながらもヤケにリアリストを気取るのは、自意識過剰なだけかも知れません。仕事は仕事、趣味は趣味、と殊更に分けたがるのも、自分自身がボーダーラインの上で生活を営ンでいる事を肌で感じているからに他ならない、と思います。 只、分かっているのは、創作する事が好き、なンだと思います。そして、それは必ず第三者に対して発せられるべきものだ、と認識している様です。面倒な思考回路の持ち主なのか、妄想癖なのか、それは兎も角、何かを作り続けて発信する事で自我を保っているのだ、と思います。 皆さンはど〜お考えでしょう?様々な考え方があると思います。これを読ンで頂いて、共感、乃至は反論、異論等ありますでしょうか?色々な考えがあるからこそ面白いものですから、ご自身の意見は大事にして下さいネ♪ 一つの絵を描く時、様々な色を塗り分けたり、混ぜたりします。一つ一つでは只の絵の具に過ぎません。しかし、それらが合わさった時、素晴らしい作品が仕上がります。皆さンの意見が合わさったその時、素敵な作品が完成するのでは、と期待しつつ、今回の雑記を終わらせて頂きます。 また、次回、お会い致しましょ〜^-^ |
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